最近のトラックバック

フォト
2016年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« ハセツネ参戦記 その4 | トップページ | 弁当できた »

2010年10月14日 (木)

ハセツネ参戦記 5

三頭山の登る区間ではいつの間にか雨がやんでいました。そして次第にあたりは冷え込んで体から熱を奪っていきます。上半身はまだ暑いのですが、それでも汗は止まっています。両足は、疲労に加えて寒さで痛みを感じ始めています。振り返ると木々の梢の間からちらちらと美しい東京の夜景が広がるのが見えました。すでに行動時間は8時間を超え、時刻は夜の9時を越えました。この登りの間についに最後の水を飲み干しててしまいます。

三頭山からの下りは思いの外厳しい下りでした。事前に道が分かりにくいから試走しておけと言われていたのですが、点滅灯のおかげで道を間違える心配はありませんでした。都民の森への道が複雑に入り組んでいるので、ここまで丁寧にルート案内をつけてくれなければおそらく間違えていたでしょう。

山頂直下の厳しい下りが終わってしまうと道は再び泥濘(ぬかるみ)になりました。槇寄山の登りとは違い、その区間はそれほど長くはないもののやはり、勾配が強い場所では消耗が激しくなります。鞘口峠までの間に水はついに空になりました。私は鞘口峠から月夜深山の第2CPまではそれほどの距離とは思っていなかったのですが意外に手強い。風張峠までの区間は勾配もスピードを乗せやすく、周囲のランナーたちは一斉にペースアップをしてきます。水の補給を失って、先の距離感が分からない状態で暗い中周りのランナーと同じようにペースを上げることはリスキーに思え、あえてトップには入れず、セカンドギアを守ることにしました。

 そのとき、うれしい事を発見しました。東京の夜景が前方に見えるのです。
そう、ついに71.5キロの半分を超えて方角が東に向かった確かな証拠でした。折れそうになっていたこころが勇躍、つらさを跳ね返し始めた瞬間です。

 しかし、やがて路面が乾いていくと同時に周りのランナー、特にポールを用いている人たちは快調に飛ばしていきます。遅れないためにはある程度ついて行かなくてはなりません。下りの、特に木の根っこを飛び越えるときの段差が効かなくなりつつある左足の筋肉につらいつらい。鞘口峠にたどり着くと舗装された路面を絡むように進みながら再びトレイルにコースはつながります。ハセツネ公式マップではここが迷いやすいという事なのでしょう。わざわざこの区間の詳細図がついています。なぜかは分かりませんがその説明図の区間が数百メートルの事だと勘違いしていました。実際には数キロメートルもあるかなりヘビーな区間だったのです。

 コースを案内してくれるオフィシャルに前後の人が走りながら訪ねます。「後何キロ?」
「2キロで第2CPですよ。」ほっとする自分がいます。しかし、1キロ以上走ったところで次のオフィシャルは同じ質問に、「あと2キロちょっとですよ」

 増えているではないか!!

 そこからの2キロの長かったこと。この区間で再び舗装路面に出ると周囲のランナーたちはさらにスピードを上げていきます。暗い路面の向こう、私をかわし、追い抜いていった人々のヘッドランプの先に明るく照らされたテントが見えてきました。月夜見第2駐車場。9時間36分、夜10時36分に42キロ地点に到達したのです。

 足の筋肉の深いところを突き刺す寒さと疲れ、汗が思うように流れなくなった上半身の暑さと寒さの同居する奇妙な感覚。体温調節機能が低下してきたのが分かります。先ほどウインドブレーカーを脱いだのは正しかったのでしょうか?

 ナンバーカードのチェックが済むとすぐに給水所のテントがありました。どうやらポカリスエットと水の準備があり、総量1.5Lをまもれば組み合わせは自由で、カクテルもしてくれるようです。担当の人たちは余計なことは口にしませんがこの給水の意味を本当によく分かっているようで、手早く作業を進めています。バックパックからハイドレを引き出しながら心の中で感謝しつつ、列に並びます。

 このとき、本当は水が欲しかったんです。さわやかな、リフレッシュとして味のないきれいな水を。でもこの後のコースは大半下見済みで、特に確かどっか岩だらけのきつい登りがあった気がします。(それを思い出せない時点でもうせっかくの試走が役に立っていないのですが。)おそらくは再び消耗戦になるでしょう。そう考えて、全量ポカリをお願いしました。

 テントの裏手にたたんだシートがありました。ちょうど良い腰掛けです。広場の真ん中にブルーシートが敷き詰められ何人ものランナーが倒れ込むように仮眠をとっています。しかしそこへは行かずに闇の中で一人腰を下ろしました。ここでさらに2本、アミノバイタルを流し込み、大福を2つ。そしてショッツも流し込みます。もちろんのどを湿すのはポカリスエットです。味はもちろん最悪です。「食べたくない。」そう感じたのはやはり疲れていたのでしょう。

 最初から仮眠をとらないことは作戦に入っていました。また、ここであまり長時間の停止もしないことも決めていました。エアサロンパスを徹底的に噴霧し、筋肉の痛みを和らげます。そして立ち上がるととりあえず歩き始めます。エアサロンパスは筋肉から痛みを取ってくれましたが、当然アイシング効果もあり、すでに冷え切っている筋肉に寒さという別の負荷もかかってしまいました。

 係の誘導に従ってトレイルに入るとそこは広い尾根筋のどこまでも下る区間。それなのにここで33分も費やしてしまいました。試走をしていないことの影響が出てしまったのです。下り続けることの膝への影響、いつか登り始めるときにどれだけの負荷がかかるか分からない不安が足を止めてしまったのです。続く区間は天神山を越えて小河内峠まで。むしろここの方が倍も速く進むことができました。ここから広く長い登りが始まります。この後の難所、大岳山の登りと並んで今回もっともラップが落ちた場所です。足のギアは当然ローギア。燃費を抑え、心拍を安定させていこうという作戦です。御前山への長く、単調な登り。その中で歩きながら初めて眠気がやってきました。

 後ろから聞こえてくる足音に、私は道を譲ることなく右手を回して「抜かせ」の合図をしました。道は広く、簡単に追い越していけるでしょう。ところが意に反して聞こえてきたのは女性の声で「私も遅いので抜きません」という言葉。

 思わず笑いながら「こっちも遅いから。」と返事をしながら「追われる立場より追う立場を選べ」「追う立場を簡単に放棄してはいけない。」とこれもBorn TO Runの言葉を思い出していました。それから数分、軽い会話を繰り返したのを覚えています。


彼女はレース巧者なのでしょう。つかず離れず、私がわずかな下りで急にペースを速めても、その先の登りで詰まるとすぐに追いついてきます。3時間ほど前、私が他のランナーに与えたプレッシャーを今度は私がかぶることになりました。闇の中、その人の顔を見ることもなく数十分の駆け引きが続きます。やがて彼女はきつい登りで私を追い越しましたが、すぐに抜き返す、その繰り返しです。御前山への登りの最後15分で、彼女はついに私を抜き去り、どんどんと引き離して行ってしまいました。

 あっけない幕切れで引き離されていく間、それ以上ペースを上げられない自分をふがいなく思っていました。頂上に出ると彼女らしい人影がやすんでいましたが、私が現れると、ほかのランナーとともにさらに先を目指して去ってしまいました。この駆け引きと長く続く登りの区間で1.5Lのポカリスエットは完全に飲み干してしまいました。

 このあたりから不思議なことに体が軽くなって来たのを感じました。45キロを越えて疲れ切ったはずなのに、むしろ体に力が戻ってくる感じなのです。それが何かは分かりません。おそらくロウソクの消える間際の明るさなのでしょう。走りながら回復するなんて感じたことはありません。

 私はこのとき驚いたことに先に控える大岳山の存在を忘れていたのです。

 快調に飛ばして大ダワについた時、私は異様に陽気で、そこにいた女性のオフィシャルに軽い感じで話しかけました。

「こんばんは。いやぁ、つかれたよぉ。」
 すぐ後ろのランナーが無駄にハイな私を無視して問いかけます。
「次の水場までどのくらいですかぁ?もう水が500MLしか無いんだ。」
「8キロです」

(え?)思わず駐車場にへたり込む私。

「2時間だな。」
(こっちはもう)「空だよ」

「リタイアしますか?(そのほうがいいですよ)」
「うー。(どうしよう?)」(そんな気はさらさらない)
「この先きついですよ。」

-間-
「さっきも一人行っちゃいましたけど。」

(う~。そうだ)「エネルギージェリーもある程度水分ですよね。ま、いけますよ」と私。
判断力が曖昧になってきていました。

 妙にハイなまま、駐車場を後に再びトレイルへ走り出すとさっきよりも体は軽くなっていました。
後になって考えてみると、そこまでに1.5Lを消費してしまったのはおそらく心理的な原因だったのでしょう。行動時間13時間、夜の2時を回って気温はさらに下がって来ていました。発汗量は下がっていました。給水が足りず、そうなったのか、それとも外気が冷えて、体のラジエターが水の消費を必要なかったのか。

 大岳山はこのコースでは珍しく岩場が続く急峻な登りの区間です。ハイな気分は消し飛び、ローギアに戻してじわじわと登る忍耐の時間が再び始まりました。記録を見るとここがもっともラップがおちてキロ36分かけています。次回はどうやらここの攻略がポイントになりそうです。

 しかし、全量ポカリスエットを選んだのは運がよかった。体内に過剰摂取された水分で発汗は続き、無補給で大岳山に登る事ができたのです。

今回の収穫は14時間たってもさらにペースが上げられる自分がいたことでそのことに驚かされました。

「Born To Run」読んで無かったら完走できなかったと思う。スコット・ジュレクの「疲労と向き合い、友にしろ」マクドゥーガルの「仲間がいれば人間はどこまでだって走れる」その思いをかみしめています。

私のレースの中では希有の事ですが、後半になり調子を取り戻して最後は爆走。最終CPを越えるとあとわずか。このままでも想定時間の16時間台は達成が見えていました。しかし、そこでジュレクの言葉を思い出したのです。

すでに疲れ切ってはいたものの、下りだけは何とか走り続けることができました。

疲れてはいたが路面コンディションの回復、水分を使い果たしながらも大岳山の登りをこなした事で気持ちは強くなっていました。岩稜の下りを終え、岩石園の水場で補給すると一気に気持ちはゴールへ向かいました。ここまで登りは決して急がずじっとためていた足を解放しギアを急ぎ足へと変更。闇の中、暑い夏に登り切ったあの坂が見えてきます。あの日は相当へたばりながら最後の大物と思っていた御岳の登りがあっけなく終わったことで気持ちが切り替わったのでした。それを思い出したのです。記憶にある登りと同じく、第3関門はすんなりと見えてきました14時間11分52秒で通過。ここからは試走をやり残した2カ所目、金比羅尾根です。
次第に暗くなる懐中電灯を振りながら走るのですが、ストックをついたランナーに何度も追い抜かれていきます。ペースも再び落ち始めていました。しかし、御岳山頂への登りにでると、ペースは回復し意欲がわいてきました。神社の前を一気に下り日の出への登りにかかります。広く長い尾根道を走っているうちにこれまで感じたことのない強さを感じることができました。いつもならとうにあきらめている頃です。ここでジュレクの言葉を思い出しました。すでに14時間以上経過してさらに自分の中に力がわいてくるのは初めての経験です。ここからゴールまではまだかなり長い。これまでの自分なら2時間半はかかってしまいます。しかし、そこで挑戦して見ろという自分がいました。さっきからのペースアップでもへたれていないし、行ける、とばかりさらにペースアップ。金比羅尾根にかかりました。途中日の出山の登りはぐっと押さえ込んだものの、もうあのつらさは感じません。そのまま足を止めることも夜明け前の美しい夜景に目を向けることもなく下りにかかります。石段で目がくらみ、転んだらけがをするなとこころに思ったのを覚えています。下りきり、トレイルに入るとすでにペースを落としている多くのランナーを抜いていきます。やがてその中の一人に追いつくと、必死の力で抜かれまいとペースを上げていきます。気がつくとその人とデッドヒートを始めていました。

 自分のペースをさらに上げても追い越せないし、正直にいうと最初は嫌だったのです。途中何人ものランナーに追いつくとチャンスが来ました。彼が足の売り切れたランナーについて木の根を飛び越えようと足を止めた一瞬、私は右にステップを取り一気に飛び抜けました。そこからは当然、もうついてはこれないだろうと高をくくっていました。ところが、彼は自分の間違いに気づくと私のとったステップを抜けたのでしょう。わずか数歩で追いついてきました。やや緩い下りではポールを持った彼にかないません。あっという間に抜き返されます。しかし、チャンスを見つけると抜き返します。そうこうすること40分以上、狭い斜面を巻く道で五日市の町が眼下に見える場所で「まだかよ」と思わず声に出してつぶやくと彼も「もうついても良い頃ですよね~」と返事をしたのです。なぜかその瞬間彼が大好きに感じられました。そこからはなおも彼が先行します。時折、追い越せない場所でほかのランナーに追いつくと一言二言会話を繰り返します。「もうついても良い頃」「後どのくらいだろう」
ついに残り5キロの標識。彼の足はさらに速くなり、ついて行くのがやっとです。足はとうに売り切れ状態ですが、下りが続くので止まることはありません。腕のガーミンが3回震えて標識からその前のラップから3キロ走ったことが分かりました。彼の姿が再びくらい懐中電灯の視界の中に見えてきました。彼も私を置き去りにして気が抜けたのでしょう。さっきのあのすばらしいペースとは段違いに落ちていました。ところが追いついたのが私だと確認するとまたしてもペースを上げます。もうこうなると意地の張り合いです。
残りあと2キロの標識で時計をチェックするとあと15分で16時間台に突入してしまいます。思わず、「下りだキロ6分を切れば行けるぞ!」と彼に声をかけていました。すると「最後の1キロはロードだから行けるんじゃないですかね」と返します。すでに二人とも16時間切りをあきらめかけていたのに、さらにペースは上がります。琴平神社?の庭園を駆け抜ける間にも2,3人のランナーを捉えました。すでにあきらめたのか、あと1キロで安心したのかゆっくりとしたペースです。
 ランナーたちをかわしながらも、彼のペースはむしろ上がり続けます。私はというと、ついにきつい下りの連続についに膝が言うことをきかず私は遅れ始めます。200メートルは間隔が空いたでしょうか?舗装路に出ると彼の姿はすでにありません。それでもタイムだけはとこちらも最後の力でペースを上げます。残りの距離によっては燃え尽きかねません。下りが緩やかになり始め、誘導の役員が2つほどカーブを指示したとき、彼の姿が見えました。なんと、ながいトレランポールをもてあましてペースが落ちているのです。こちらはさらにペースが上がります。呼吸が続かず、足は乱れていましたがついに彼を抜き返しました。そこからは右に曲がり、左に折れるとついに道路にたくさんの人が待ち受けているのが見えました。ゴールに駆け込むときに何か叫んだのを覚えています。


 彼は遅れること20秒くらいで入ってきました。渡されたドリンクを飲み、疲れからくる吐き気を感じながら彼のゴールを見守り、声をかけました。握手をし、そしてオフィシャルのカメラマンに2sをとってもらいました。そう、名前も知らない彼ですが、「Born To Run」のマクドゥーガルの言うとおりあのデッドヒートによってその瞬間私たちは仲間になっていたのです。疲労は心地よい余韻に変わりました。

 記録は15時間56分27秒。決して早くはない数字だ。初エントリーで12時間台もいたのだから。しかし、このレースはいろいろなものを私に教えてくれた。もう来年が待ちきれない。

あの写真、来年のパンフに出ると良いな。


にほんブログ村 アウトドアブログ トレイルランニングへ
にほんブログ村

« ハセツネ参戦記 その4 | トップページ | 弁当できた »

コメント

いやぁ、うれしいなぁ。見つけていただいたんですね!感激です。最近はジョグノートやFacebookばかりを更新していてこっちはあまり更新していなかったんですよ。今年もよろしくお願いします。ぼくも仕事が忙しくてあまり試走もできていないし、先週からパッタリと近所ランもできていません。雨も降りそうだし逃げちゃおうかと思っていたくらい。これで元気が出ましたよ〜〜〜!!!

一年ぶりに再見です、ラストをご一緒させていただいたものです。

今年も参戦予定ですが、仕事の都合で一向に準備が進まず…
「まずいなぁ、去年どうだったっけなぁ」と検索していてここにたどり着きました。
なんかデジャヴな文章に、去年のリザルトを確認してみると、
まさに私の前にゴールしている方のタイム、差も約20秒。
何となく嬉しくなってコメントしてしまいました。

昨年はご一緒できたおかげで最後の区間、すごくいい走りができました。
最後は16時間切れることで満足してしまいもう駄目でしたがw
一人ではきっと無理だったと思い感謝しています。

ろくに選手名簿も見ていませんが、今年も参加されるのでしょうか?
もしそうなら今年もお会いできると面白いですね。
また雨みたいですしw

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/10105/49744814

この記事へのトラックバック一覧です: ハセツネ参戦記 5:

« ハセツネ参戦記 その4 | トップページ | 弁当できた »